ロイヤルジュエリー
2012 / 02 / 29 ( Wed )
去年の、英国王室のウィリアム王子とキャサリン妃の
ロイヤルウエディングはご覧になられましたか?

どんぐりが光り輝いていましたね!!
あれっ!気が付きませんでした?
キャサリン妃の耳に、光り輝くどんぐりが付いていたのを?

結婚前に付与された、ミドルトン家の新しい紋章は、
地元のバックルベリー村がオークの木に囲まれていることと、
オークの木が「英国」「強さ」などの象徴であることから、
(どんぐりと葉が2枚ついた)オークの枝が(子供の数である)3つ入ったデザインです。

ロイヤルウエディングでキャサリン妃が付けていたイヤリングは、
ミドルトン夫妻からの依頼で「Robinson Pelham Jewellers」が制作したもので、
ミドルトン家の新しい紋章にちなんだ、どんぐりとオークの葉が使われたデザインです。

どんぐり好きな私ですが、正直なところ、
どんぐりのデザインのイヤリングでいいな!と思ったことがほとんどないのですが、
これは、デザインもサイズもとてもいい感じです。

参考までに(下写真)、本物とは全然違いますが、
人気にあやかってデザインを似せた物が作られています。

本物は、Yahoo!などで、「キャサリン妃 イヤリング」などの言葉で、
画像検索すると見ることができると思います。


<おまけ>
同じく、去年書けなかった、日本の皇室の話題をひとつ。

昨年の歌会始めの秋篠宮妃紀子さまの歌(お題「葉」)

 天蚕(やままゆ)は まてばしひの葉に つつまれて うすき緑の 繭をつむげり

マテバシイの葉に包まれるように天蚕がうすい緑色の繭をつくった様子を詠んだものです。
歌に詠まれている天蚕は、皇后さまから虫好きの悠仁さま(当時4歳)へのプレゼントを、
育てたものだそうです。

マテバシイの濃い緑の葉の中に、上品な薄い緑色の繭という色のコントラストは、
想像するだけで綺麗ですね。
羽化を観察するのには、クヌギやコナラより丈夫なマテバシイの葉は適しているかも。
スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記

21 : 55 : 50 | どんぐりグッズ | コメント(0) | page top↑
伐られたピンオークの木
2012 / 02 / 28 ( Tue )
ここ数年、樹勢が衰えて心配していたていたピンオークの木。
ここでも、何度も紹介した木でしたが、一昨年ついにとうとう伐られてしまいました。
木のすぐ下をたくさんの人が通るため、
本格的に枯れてしまうのを待っていると危険と判断されたのでしょうか。
donguri120228_1
ピンオークの木が切られた跡地。根もすべて撤去され跡形もなく寂しいです。
donguri120228_2
しばらく後に、ツツジが新しく植えられました。

このブログを書き始めてから意識するようになった、、
自分の行動範囲にあるどんぐりの木がどんどん切られていきます。
そのことに気がついている人は他にいるのでしょうか?
このブログに写真を載せたことのある木もだいぶ伐られてしまいました。
愛着があっただけに胸がちょっと痛いです。
donguri120228_3
7年前の元気なピンオークの姿
donguri120228_4
6年前の冬、剪定されたピンオークの姿
(奥に見えるのは交通遊園、ゴーカートや野外展示されたバス、SLなど乗り物がいっぱいで、
子供の多くはピンオークのどんぐりより乗り物に夢中でした)
donguri120228_5
その翌年の春の芽吹き、この年から樹勢は衰えていき、まったくどんぐりをつけませんでした。

毎年、観察していたこのピンオークの木が植えられていた場所は、
東京都府中市の郷土の森公園内にある府中市立総合体育館の出入り口の前です。(ココ

強く剪定される以前には、
唯1本、単独で植えられていたのにかかわらず毎年たくさんのどんぐりをつけていました。
(そのどんぐりから育てた苗木をわたしの家でもいくつか育てています。)
自家受精していたのでしょうか?
そのためか、葉緑素のない?白っぽい葉をつける株が10~15株に1株ほどでていました。
donguri120228_6
右が正常、左が白いピンオーク(大きくなれず枯れてしまいます)
(どんぐりから芽生てすぐの葉の形は、成木ほどはっきりした形をしていません)

郷土の森公園(無料の所)内はここ数年で綺麗に整備され、
大きな樹木の間引きも行われました。(観光物産館も作られました)
私の知っているどんぐりの木もたくさん切られてしまいましたが、
たった1本だけ植えられていたイチイガシが切られてしまわなかったのは幸いです。(ココ
(この木はあまりどんぐりをつけないようで、いちばん拾えた年で数個です。)


去年、「日比谷公園」という本を読んでいてこんな記事を見つけました。
(本には記事の要点のみ書かれていたので、以下は新聞記事本文から転載)
-----------------------------------------------------------------
東京朝日新聞(東京版)昭和十二年一月二十八日(木曜日)

珍木・帝都へ
一まづ日比谷へ移植す

米国ガーデン・クラブから東京市に贈られて来た既報の
お禮の珍木四千六百五十本は二十七日午前十時頃芝浦埠頭に着いた。

市公園課では植物検査所で検査の後、
一先づ日比谷公園培養場に移植したがやがて協議の上
大阪、京都、神戸の各市へも分配されることになってゐる。

木の種類は
▽白花水木三千本、▽紅花水木一千本▽枝垂花水木二十五本
▽マグノリアグラウカ五百本▽リクイダンバー二十五本▽米國石楠五十本
▽ピンオーク五十本
------------------------------------------------------------------
伐られたピンオークの木や、日本各地の公園に植えられているピンオークの木も
この日比谷公園に移植された五十本のピンオークの木かその子孫なのかも?
この五十本のピンオークの跡を追うことはできるのでしょうか?
興味のある人は調べてみてください。

最後は、7年前の元気などんぐりをたくさんつけていた頃の写真で・・・
donguri120228_7

テーマ:日記 - ジャンル:日記

20 : 45 : 35 | どんぐりの木 | コメント(0) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり3
2012 / 02 / 27 ( Mon )
蘆花の作品から、どんぐりやどんぐりの木に関連する表現を
すこし抜粋してみました。
(「」内は作品名、その後に抜粋した部分)

・どんぐりの擬人化
「みみずのたはこと(水車問答)」
 昨日の記事参照してください。

・どんぐり(樫、楢の実)食、椎の実食
「寄生木」
・・・常食は穀類が少なくて、栗或は楢橡(ならとち)の實が多い。

「思出の記」
或日二三の友達と山に椎拾いに行つて・・・
「自然と人生」
裏の小山に椎拾の遊をなしけるに、・・・
「死の蔭に」
椎の實炙って売っている姿を見かけ・・・
「みみずのたはこと」
…女児が其下で大きな椎の実を一つ見つけた。(2011.7.31の記事参照)
----------
蘆花の作品では、東北の貧しい山村での常食としての楢の実、
おやつとしての椎の実が何回かでてきます。
蘆花の子供時代の熊本の家には椎の木が植えられていたそうですし、
山に椎拾いに行ったこともあったのでしょう。

椎の実食は、結構多く日本の作家の作品の中に見ることができますが、
どんぐり(樫、楢の実)食は、宮沢賢治の作品以外にはあまり多くは見られません。
(でも他の作家の作品にも、長野県のどんぐり味噌に触れているものや、
戦後食糧難の時、どんぐりを集めさせられたことに触れている興味深いものもありますよ。)

・どんぐりグッズ
「死の蔭に」
白橿の葉の枝折(しおり)、  *奈良の橿原神宮のみやげ
「日本から日本へ」
店番の紐育(ニューヨーク)娘が色ついた槲の葉を花束に取りつけて居る。
----------
奈良の橿原神宮のおみやげに、白樫の葉のしおりはまだあるのでしょうか?
素朴でよいおみやげだと思うのですが。もうなくなっているかな?

・有名などんぐりの木
「順禮紀行」
余はヘブロンの「アブラハムの橡(かし)」なるものを行きて見ず、
----------
「アブラハムの樫の木」は、旧約聖書創世記に登場した樫の木とされている木で、
去年、出版された旅行ガイドの本(イスラエル聖書と歴史ガイド
にも掲載されていますので、今もおそらく健在でしょう。
実際は、樹齢850年位で、12世紀頃に定められたそうです。
(・・・見ず、ですから蘆花はこの木を見にいってはいないです。)

・例え言葉:眼(目)、鼻
「黒い目茶色い目」
團栗の様な眼を圓くしてよく喫驚した顔する宗さんと、・・・
「死の蔭に」
椎の實の眼を小さく圓くして・・・
「冨士」
昔椎の實程に小さく窪くあいて居た両目はひたとつぶれ、・・・
「みみずのたはこと」
椎の実程の小さな鼻が右へ歪みなりにくっついて居る。・・・
----------
驚いたまるい眼をどんぐりの様というのは、
今でもよく使われる、団栗眼(どんぐりまなこ)と同様の表現ですね。

椎の実を目、鼻に例えるのは、他の作家ではほとんど見たことがありません。
イメージはなんとなくわいてきます。
このような表現をからも蘆花の椎好きがわかるような気がします。
以前、ここで以前紹介した水上勉さんなど、椎好きな作家はわりと多いです。

・例え言葉:槲の木がなかなか枯葉を落とさない
「新春」
ツールゲネフが書いて居ますね、*1
槲の新芽が膨らむまで梢にこびりついて中々落ちない古葉の習性を。
注意深い自然は、古葉に自愛させて、新しい芽を保護させます。・・・
・・・「ドリヤ一つ俺もと樫の更衣(ころもがへ)」。
落葉木は去年の内にさつさと着物を脱いで、夙(とほ)の昔赤裸で居ます。
然(しか)し樫などは、年が暮れ年が明けても其まゝで、
最早気早の落葉木の一斉に若緑の春衣を着てしまふ頃になり、
よく云えば落ちついた、悪く云へば大のろの樫は、
やつとぽつりぽつり古葉を落としては。更衣を始めます。
----------
蘆花は、ツルゲーネフの作品の中の表現に触れ、
槲のなかなか落ちない古葉を父に、新しい葉を自分に例え、
父の愛について記述しています。
また、常緑樹の樫の葉の古葉と新葉の入れ替えの様子も観察して書いています。

*1:ツルゲーネフの「ルージン」の中の表現と思います。
(文中に作品名は書かれていませんが)
現在の岩波文庫、当時の二葉亭四迷の訳、
志賀直哉のメモにもこの部分に触れたところがあったので紹介します。
------------------------------------------------
ツルゲーネフ「ルージン」岩波文庫 中村融訳

樫の木はね、これは堅い木ですね、
そして若葉が出はじめるとはじめて古い葉が落ちるでしょう?

ええ、気がついておりますわ とナターリアがゆっくり答えた。

強い心の中にある古い愛情の場合もこれとまさに同じなのです。
その愛はもはや枯れ死んでしまっているのですが、まだくっついています。
そして別の、新しい愛だけがそれを取り除くことが出来るのです。
-------------------------------------------------
二葉亭四迷「うき草」(ツルゲーネフ 「ルージン」の訳)

「樫の -樫は堅い木ですな- 
樫の葉は若いのが芽を出す時分でなければ古いのが落ちませんな。」

「然うですねえ、」とナターリヤは思切り悪くいふ。

「しつかりした人の戀愛も然うしたもので、古い戀は最う枯れがれになつてゐる、
けれども尚ほ付着(くつつい)てゐる。
たゞ別に新しい戀が芽を出すのでなければ散らん。」
--------------------------------------------------
志賀直哉のメモ(志賀直哉全集におさめられている手帳の中のもの)

ルヂンに、樫の木の例へがある、樫の葉は、既に枯れても中々落ちずに居る、
然し若芽が出る時になればいやでも応でも散つて了ふ、
人の恋も前の恋人に対し恋其者はサメても、
新しい恋人が出来るまでは枯葉が枯れても枝を離れずに居るやうに、
男の心にクッツイてゐるものなり、云々、
---------------------------------------------------
(ここで樫と訳されているのは、
実際には日本でいえば楢や槲で、ヨーロッパナラかそれに近い種の落葉樹です。)

ツルゲーネフは、男?の恋愛上の心を枯れても落ちない葉に例えているようですね。

この、どんぐりの木の枯葉がなかなか落ちないというのは、
冬の、幹や枝だけの寂しい木々の中で、枯葉をまとっている姿は目立つのためか、
他の日本の文学作品(いくつかここでも紹介済みです)や外国のものでも表現に用いられたり、
情景が描写されることがあります。
(外国の作品では、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」などにもあったと思います。)

このまだ寒い時期、公園などで枯葉をつけたままの木をみかけたら、
近づいて樹種を調べると、どんぐりの木のことが多いですよ♪

私も近所でまだ枯葉をつけたままのカシワやクヌギの木を何本か知っています。
去年観察していた木では、冬の間の強風にも耐えてしっかりとついていた枯葉が、
温かい春の日差しを受けはじめると、
ある日、突然それまでがウソかのようにいっせいに散っていきました。
イソップ寓話「北風と太陽」での旅人が、太陽で温められてコートを脱ぐようでした。

どんぐりやどんぐりの木を用いた表現については、HPやここでも以前書いていますが、
他にもいろいろありますのでそのうち、機会があればまとめてみたいと思っています。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

23 : 59 : 59 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり2
2012 / 02 / 26 ( Sun )
徳冨蘆花は、全集や日記を読んでみたところ、
*どんぐり度が、非常に高い作家ということがわかりました。
私の作品を読んだことのある日本の作家の中では、
今のところ、日本では宮沢賢治と並ぶどんぐり度2トップといってもいいかもしれません。

どんぐり度(あくまで私の私的基準です)
・作品の中にどんぐりやどんぐり木がでてくる頻度の高さ、記述の幅広さ、深さ等々

徳冨蘆花の作品の中で、私のおすすめは「自然と人生」と「みみずのたはごと
そして、明治時代の大ベストセラーとして「不如帰(ほととぎす)
この3作品は岩波文庫になっています。
他に読みやすい作品は、「思出の記」などでしょうか。
(「思出の記」など他の作品は、蘆花全集か、種々の日本文学全集などでしか読めません)


徳冨蘆花について何回か書くことにします。
今日は、随筆集「みみずのたはごと」のなかから、
他のものとはすこし違って寓話風?に書かれている「水車問答」を紹介します。

-----------------------------------------------------------------------
水車問答

田川の流れをひいて、小さな水車(すいしゃ)が廻って居る。
水車のほとりに、樫(かし)の木が一本立って居る。
白日(まひる)も夢見る村の一人の遊び人が、
ある日樫の木の下の草地に腰を下して、
水車の軋々(ぎいぎい)と廻るを見つゝ聞きつゝ、
例の睡るともなくさ寤(さ)むるともなく、此様な様な問答を聞いた。

軋(ぎい)と一声長く曳張(ひつぱ)るかと思えば、
水車が樫の木を呼びかけたのであった。

「おい樫君、樫君。君は年が年中其処(そこ)につくねんと立って居るが、
全体何をするのだい?
斯忙しい世の中にさ、本当に気が知れないぜ。
吾輩を見玉え。吾輩は君、君も見て居ようが、そりゃァ忙しいんだぜ。
吾輩は君、地球と同じに日夜(にちや)動いて居るんだぜ。
よしかね。
吾輩は十五秒(びょう)で一回転する。ソレ一時間に二百四十回転。
一昼夜に五千七百六十回転、
一年には勿驚約(おどろくなかれやく)二百十万○三千八百四十回転をやるんだ。
なんと、眼が廻るだろう。
君は吾輩が唯道楽に回転して居ると思うか。
戯談じゃない、全く骨が折れるぜ。
吾輩は決して無意味の活動をするんじゃない。
吾輩は人間の為に穀(こく)も搗(つ)くのだ。
粉(こな)も挽(ひ)く。
吾輩は昨年中に、エヽと、搗いた米がざっと五百何十石、餅米が百何十石、
大麦が二千何百石、小麦が何百石、
粟が・・・・・・稗(ひえ)が・・・・・・黍(きび)が・・・・・・
挽いた蕎麦粉(そばこ)が・・・・・・饂飩粉(うどんこ)が・・・・・・まだ大分あるが、
まあざっと一年の仕事が斯様(こん)なもんだ。
如何だね、自賛じゃないが、働きも此位やればまず一人前はたっぷりだね。
それにお隣に澄まして御出(おいで)での御前(ごぜん)は如何(どう)だ。
如何に無能か性分か知らぬが、君の不活動も驚くじゃないか。
朝から晩までさ、年が年中其処(そこ)にぬうと立ちぽかァんと立って居て、
而して一体お前は何をするんだい?
吾輩は決してその自ら誇るじゃないが、
君の為に此顔を赧(あこ)うせざるを得ないね。
おい、如何(どう)だ。
樫君(かしくん)。言分(いいぶん)があるなら、聞こうじゃないか」

云い終って、口角沫(こうかくまつ)を飛ばす様に、
水車は水沫(しぶき)を飛ばして、響も高々と軋々(ぎーいぎーい)と一廻り廻った。
其処に沈黙の五六秒がつゞいた。
かさかさかさかさ頭上に細い葉ずれの音がするかと思うと、
其れは樫君が口を開いたのであった。

「然(そう)つけつけ云わるゝと、俺(わし)は穴(あな)へでも入りたいが、
まあ聞いてくれ。
そりゃ此処に斯うして毎日君の活動を見て居ると、羨(うらや)ましくもなるし、
黙(だま)って立って居る俺は実以て済まぬと恥かしくもなるが、
此れが性分だ、造り主の仕置だから詮方(しかた)は無い。
それに君は俺が唯遊んで昼寝(ひるね)して暮らす様に云うたが、
俺にも万更仕事が無いでもない。
聞いてくれ。
俺の頭(あたま)の上には青空がある。
俺の頭は、日々夜々(にちにちやや)に此青空の方へ伸びて行く。
俺の足の下には大地(だいち)がある。
俺の爪先は、日々夜々に地心へと向うて入って行く。
俺の周囲(ぐるり)には空気と空間とがある。
俺は此周囲に向うて日々夜々に広がって行く。
俺の仕事は此だ。此が俺の仕事だ。成長が仕事なのだ。
俺の葉陰で夏の日に水車小屋の人達が涼(すず)んだり昼寝をしたり、
俺の根が君を動かす水の流れの岸をば崩れぬ様に固めたり、
俺のドングリを小供が嬉々と拾うたり、
其様な事は偶然の機縁で、仕事と云う俺の仕事ではない。
俺は今一人だが、俺の友達も其処此処(そこここ)に居る。
其一人は数年前に伐(き)られて、
今は荷車(にぐるま)になって甲州街道を東京の下肥のせて歩いて居る。
他の友達は、下駄(げた)の歯(は)になって、
泥濘(どろ)の路石ころ路を歩いて居る。
他の一人は鉋(かんな)の台になって、大工の手脂(てあぶら)に光って居る。
他の友達は薪(まき)になって、とうに灰になった。
ドブ板になったのもある。
また木目が馬鹿に綺麗だと云って、
茶室(ちゃしつ)の床柱(とこばしら)なンかになったのもある。
根こぎにされて、都の邸(やしき)の眼かくしにされたのもある。
お百姓衆の鍬(くわ)や鎌(かま)の柄(え)になったり、
空気タイヤの人力車の楫棒(かじぼう)になったり、
さまざまの目に遭うてさまざまの事をして居る。
失礼ながら君の心棒も、俺の先代が身のなる果だと君は知らないか。
俺は自分の運命を知らぬ。何れ如何(どう)にかなることであろう。
唯其時が来るまでは、俺は黙って成長するばかりだ。
君は折角眼ざましく活動し玉え。
俺は黙って成長する」

云い終って、一寸唾(つば)を吐(は)いたと思うと、
其(それ)はドングリが一つ鼻先(はなさき)に落ちたのであった。
夢見男は吾に復えった。
而(そう)して唯いつもの通り廻る水車と、
小春日に影も動かず眠った様な樫の木とを見た。
-----------------------------------------------------------------------
蘆花が敬愛するトルストイも「イワンのばか」など民話を書いていますので
その影響でしょうか?

樫の木が擬人化されていますが、この時期にすでに日本で読まれていた外国の本では、
メーテルリンクの「青い鳥」に、樫の木が森の王として擬人化されてでてきます。
日本ではすこし後に、宮沢賢治が「かしわばやしの夜」の他、
いくつかの作品のなかでカシワの木を擬人化させています。

<おまけ>
日記を読むと、蘆花は、毎年秋に一度は多摩川の川遊び(お座敷で川魚を食べたり)をして、
多摩川の対岸の稲城で梨を買って食べるのを楽しみにしていたようです。

多摩川もだいぶきれいになってアユなどの川魚も戻ってきているようですが、
いつか昔のようなお座敷での川遊びができるようになるのでしょうか?

梨のほうは、今でも稲城市の住宅街の中に小さい農園がたくさん残っています。
稲城の梨は、スーパー等では販売していなく、
各農園の横などにある小さな直売所でしか購入できないようです。
梨以外にはブドウが多く、果物狩りをやらせてくれるところもあります。

JA東京みなみのサイト(ココ)の右下にある「稲城の梨」のリンク先で、
たくさんある小さな小屋のような直売所の場所を調べることができます。
(私も買って食べたことがありますがおいしいですよ♪)
梨の品種もいくつかあり、毎年おなじみの直売所で購入している人も多いようです。

稲城では特産の梨を使った梨ワインや梨のスイーツなども地元の店で作られています♪
都心からも近く温泉もありますので、
今年の秋の一日、予定を立てて、日帰り稲城梨ツアーなどいかがですか♪
読売ランドも一応あります。

去年の冬、稲城市の新しいキャラクター作られました。
「タイムボカンシリーズ」「ガンダム」などのメカデザインを担当した
稲城市在住の大河原邦男さんのデザインです。
donguri120226_1
稲城なしのすけ(いなぎなしのすけ)、稲城の梨にちなんで梨型ロボ?です♪
写真の像は、JR南武線の矢野口駅前ロータリーで見ることができます。

稲城市は開発が進んで、いまだに成長している感じがしますが、
あんまり開発が進みすぎると良さが失われるかも?
人口が減少していく将来に向けての開発に、そろそろ切り替える時期かも?

テーマ:日記 - ジャンル:日記

12 : 04 : 57 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり1 蘆花恒春園
2012 / 02 / 25 ( Sat )
自転車に乗って、蘆花恒春園までお出かけしたのは一昨年の冬(12月)です。

甲州街道(国道20号)から南に折れ、
donguri120225_1
蘆花の名前のついた京王電鉄京王線の芦花(ろか)公園駅
の前を自転車で通りました。
donguri120225_2
しばらく行くと途中左手にに世田谷文学館(HP)もあります。(マップ
donguri120225_3
そこの喫茶店の名前がなんと!どんぐりで、かわいいキャラ付き看板がでていました。

蘆花公園西の3又の交差点(お地蔵さんがあります)のすこし手前で左に折れしばらく行くと、
donguri120225_4
右手に、蘆花恒春園の入り口があります。
(都立公園蘆花恒春園は蘆花の旧家、庭、墓所以外は、
ドッグランやフィールドアスレチックなどもあり、いろいろと遊べる公園みたいです。)
donguri120225_5
donguri120225_6
中に入り砂利道を進むと、
donguri120225_7
左手に、蘆花記念館があり、蘆花の遺品等が展示されています。

蘆花記念館のすこし手前?道を挟んで反対側に植生が記された看板があるので
植物好きな人は要チェックです!!
donguri120225_8
donguri120225_9
(右図部分の拡大)「みみずのたはごと」記載種の場所も表示しています。
どんぐりの木では、クヌギ、シラカシ、スダジイ、マテバシイが記載されています。
donguri120225_10
蘆花の死後に夫人が暮らした、「愛子夫人居宅」
その玄関の両脇には大きなクヌギの木が生えています。
すこし進むと、
donguri110731_2
前の記事で紹介したマテバシイの木、
根元にどんぐりが数個落ちていました。
donguri120225_11
梅花書屋
古いガラスなのでしょう、波うっていて趣がありました。
donguri120225_12
母屋
母屋の前には数本の大きなシラカシの木があり、
donguri120225_13
頭の上のどんぐりを落としてきました。
蘆花の植えた目隠し用の樫が成長したのでしょう。
日記には間引いた木で木刀をつくったと書いてあったような。
donguri120225_14
お地蔵様と秋月書院
母屋、梅花書屋、秋月書院は母屋から入って廊下から見学することもできます。
donguri120225_15
秋月書院の裏手には、スダジイの木がありました。
これが毎年椎の実を拾って食べていた木かな?
こちらは立ち入り禁止のところにあるため椎の実は拾えませんでした。
donguri120225_16
すこし離れたところに墓所があり、案内板もでています。
donguri120225_17
墓所はクヌギ主体の林の中にあります。
放浪の俳人として知られる「山頭火」の昭和11年4月9日の日記に、
・同道して徳富健次郎の墓に詣でる。 櫟林のところどころに辛夷の白い花ざかり。
(徳富健次郎は蘆花の本名)
とありますので、春にはそのコブシの花も見られるかもしれませんよ。
donguri120225_18
クヌギは大きなものが多いです。
ほんとに狭い範囲ですが、
昔の世田谷の雰囲気?が少しだけ残されているような気がします。
(昔は、逆に若い木が家の周りには多かったと思いますが・・・)

テーマ:日記 - ジャンル:日記

22 : 34 : 08 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
| ホーム |