「狭衣日記」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 05 ( Sat )
狭衣日記にはカシワ、シイ、ナラ(ははそ)などがでてきます。

<カシワ>
大臣の御方には、中のころまみにて、本柏におわすれど・・・

太政大臣の御娘は、(北の方様の)中では最年長で、古株でいらっしゃる・・・
というような意味で、
本柏という表現は、カシワの葉が冬でも落ちずについていることから、
古くから(関係の)あるものをあらわすときにつかわれています。


柏木の下風涼しく吹き入れたれば、御簾少し上げて見出だしたまふ。
中に、柏はげにいたう漏りわづらふ。
・柏木の 葉守の神に などて我 雨漏らさじと 誓はざりけん(狭衣)


柏(カシワ)の木下を通る風が涼しく吹き込んできたので、
御簾を少し上げて外を眺めていらっしゃる。
多い木の中で、カシワは(葉守の神が宿っているので)なるほど雨が漏れることがない。
・激しい雨も漏らすことのない柏の木の葉杜の神に、
どうして(若宮の母の女二の宮を)手放さないと誓わなかったのだろう。
というような意味です。


<シイ>
・変らじと 言ひし椎柴 待ち見ばや 常磐の森に あきや見ゆると(飛鳥井)
とかへる山のとありし月影、


椎柴に託して愛情が変わることがないと誓ってくださった、
あの方をお持ちして見届けたいものだ。
(色変わりすることのない)常盤の森に、秋の気配がみられるように
(わたしに飽きてお見捨てになるかどうかと)
「とかへる山の」とおっしゃったあのときの月の光に映えたお姿は、
というような意味です。

「とかえる山」とは、拾遺集の中の歌から
・はし鷹の とかへる山の 椎柴の 葉がへはすとも 君はかへせじ
常緑樹の椎の葉が生え変わるようなことがあっても
あなたは心変わりすることはあるまい。というような意味


・神山の 椎柴隠れし のべばぞ 木綿(ゆふ)をも掛くる 賀茂の瑞垣(狭衣)

狭衣が源氏の宮に送った歌で、
神山の椎柴に隠れてあなたへの恋心を忍んできましたからこそ、
あなたは賀茂の瑞垣に木綿を懸ける(斎院になる)ことができたのです。
というような意味です。


・言の葉を なほや頼まん はし鷹の とかへる山は 紅葉しぬらん(飛鳥井)
とあるは、かの椎柴とありしはわすれざりけりと見たまふも、


狭衣が愛情を誓ってくれた言葉を、やはり頼みにしようか、
「はし鷹のとかへる山」はどうして紅葉しているのだろう、いやそんなはずはない。
と書き記してあるのは、
あの椎柴と愛情を誓ったことを飛鳥井が忘れなかったのだとご覧になるのも、
というような意味です。

<ナラ>
紅葉の盛りにて、柞原をかしう分け入らせたまふにも

紅葉の盛りで、柞原を趣深くお分け入りになるにつけても。
というような意味で、
柞原は、柞(ははそ)の多くはえた原のことです。
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