「道行きぶり」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 19 ( Sat )
道行きぶり(室町時代初期の紀行文)の中にはナラ、カシワ、シイがでてきます。

<カシワ><ナラ>
またの日は、大山といふ山路越え侍るに、
紅葉かつがつ色付きわたりて、柞(ははそ)・柏などうつろひたり。


翌日は、大山という山道を越えたところ、
紅葉がはやくも一面に色づいて、柞や柏などの葉も紅葉していた。
というような意味です。

<シイ>
所狭き紅葉の色濃く見渡されたる中に、椎の葉の嵐に白く靡きて、
松の声、山川の音に響き合ひたる朝朗け、身にしみて覚えたり。
・とにかくに 知らぬ命を 思ふかな 我が身五十路に 大野中山
・昔誰 蔭にせむ と蒔く椎の 大野中山 かく繁らむ
古集に侍るやらん「向ひの岡に椎蒔きて」といふことの、
ふと思ひ出て侍りてよめるなるべし。


あたり一面の紅葉の葉が色濃く見渡される中に、椎の葉ば嵐に吹かれて白くなびき、
松風の声と山川の音が響き合って聞こえてくる明け方は、身にしみて情趣を感じた。
・明日をも知れないはかない命のことをあれこれ思うことだ、
我の齢も五十路にかかって、この大野中山を行くと。
・昔いったい誰が陰にしようと蒔いたものであろうか、
大野中山にこのように繁っている椎の木は。
万葉集にあったと思うが、
・片岡の この向つ峰に 椎蒔かば 今年の夏の 陰にならむか
(片岡山のこの向こうの丘に椎の実を蒔いたら、今年の夏の日陰になるだろうか。)
という歌のことをふと思い出して詠んだものである。
というような意味です。

椎の葉が白くなびきというのは、風で葉の裏(茶白色)が見えている様子でしょうか。
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