「太平記」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 25 ( Fri )
太平記の中には、シイ、カシワ、カシなどがでてきます。

<シイ>
その夜は、椎柴垣の間あらはなる山奴の庵に、御枕を傾けさせ給ひて、

その夜は、椎の木立が垣を作るすき間だらけの木こりの小屋におやすみになられ。
というような意味です。


椎の葉折り敷きたる折しきの上に、かれいひ盛りて持ち出で来たり。

椎の葉を折り敷いた折敷の上に、干飯を盛って出てきた。
というような意味で、北条時頼が日本中を歩いていたころ、
摂津国、難波の浦の落ちぶれ荒れた尼の家に泊めてもらったときのお話の中です。

旅での食事を椎の葉を敷いて出したのは、春の深山路などにもでてきましたが、
家に器がないほど落ちぶれていたのでしょうか。、

<カシワ>
紋としての柏(かしわ)がでてきます。
「北なる峰に三葉柏の旗の見ゆるは、敵か御方か」と問ひ給へば、
「熱田大宮司、百騎にて待ち奉る」とぞ答へける


「北の方の峰に、三葉柏の旗が見えているが、あれは敵か味方か?」とお尋ねになると、
「熱田大宮司が、百騎でお待ちしております」と答えるのであった。
というような意味です。

二番に進みける栗生左衛門は帯副の太刀がなかりける間、
深山柏のまはり一尺ばかりなるを、一丈余りに打ち切って、
金棒の如くに見せて、右の小脇にかい挟みて、大勢の中に破つて入る。

二番目に進んだ栗生左衛門は深山に生えていた柏の周囲一尺ほどの木を、
一丈ぐらいの長さに切って、それを金撮棒のように見せかけて
というような意味です。

<カシ>
五尺三寸の太刀に、樫の木の棒の八角に削りたるが、
長さ一丈二、三尺もあらんと覚えたるを打ち振って、大勢の中へ走り懸かり、


五尺三寸び太刀に、樫の木を八角に削り、
長さ一丈二、三尺もあるであろうと思われる棒を振り回して大勢の中に走り懸かって、
というような意味です。


鉞を奪はん、奪はれじとねぢ合ひける程に、
蛭巻したる橿の木の柄を中よりふつとねぢ切つて、
手元は長山にが手に残り、鉞は氏範が左の手にぞ留まりける。


鉞(まさかり)を奪おう、奪われまいと、ねじって引き合ううちに、
蛭巻を施した樫の木の柄を中ほどからぶっつりとねじ切って、
手元のほうは長山の手に残り、鉞は氏範の左の手に残った。
というような意味です。
赤松氏範と長山遠江が鉞(まさかり)を奪いあって樫の柄をねじ切った場面です。

軍記物の中には、カシやカシワなどのどんぐりの木が、
武器や武器の柄などとしてしばしばでてきます。


<ナラ>
森備中守が戦場から戦わず逃げ出したことを揶揄して高札に書かれた狂歌の中に、
ナラがでてきます。
・楢の葉のゆるぎの森に居る鷺はみやまおろしに子をや鳴らん

ゆるぎの森に住んでいる鷺は、深山おろしの寒さに鳴いていることだろう。
というような意味で、森備中守が鷺にたとえられています。
ここでは、楢の葉の、は風で葉がゆれることから、
ゆるぎのを続ける序詞のような役割と考えられます。


<おまけ>
・樫鳥縅の鎧
樫鳥縅の鎧(カシドリオドシのヨロイ)というのがでてきます。
かし鳥(樫鳥)とは、今のカケスのことで、
(どんぐりをよく食べるからでしょうか、昔はカシドリと呼ばれていました。)
カケスの羽の色の白・黒・藍の糸を組み合わせて縅とした鎧です。

・巣父(そうふ)
以前、ここで触れたことのある中国の許由巣父の説話が中で紹介されています。

御伽草子のお話のひとつ「浜出草紙」の中にでてくる、
巣父の椎ということばの意味は、まだわかりません。
許由の方は、封神演義の中で、申公豹として登場するぐらいの有名人みたいですね。
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