だろうか
2015 / 12 / 19 ( Sat )
わからない
感覚、感情、想い、気持ちや精神の揺れや
そのほうがはるかに激しく、哀しく、空しく、切ない。

なった人でないと解らないだろう。

解っている人から見れば、1ページで終わることも、
何百ページにもなる。


こうなんじゃないの、の一言で片づけられてしまうことにも、
いろんな思い、感情、疑心やそのときの体調、環境、気持ちによる複雑な結果だ。
人間だから。


解っている人に
例えば二択の質問をいくらぶつけても答えはひとつ。

わからない人には
選択できず。答えは2つのどちらかのまま。

その答えによる質問をぶつけると
答えの数が累乗的に増えていく


私の場合、考えすぎると寝ていても勝手に考えているようで、
いろんな可能性を考えているのか、
精神的に非常に疲れてしまう。
あのときもそうだった。


夢の中で見たのだろうか。
実際に聞いてはいない人の声を聞いたような感覚になる。
書かないが、最近も何度かあった。



まだ、感覚やいろいろなことを覚えているうちに書き残しておくべきのか。
自分の為に

どうしよう。

書き出しは決まっている、

1年半以上前に実際に私が見た光景。
みすぼらしい姿のとある人が、街中で大きな声で叫んでいる場面。


だけどそんな暇はさすがにないか、
まだ早いし、仕事探しなどやらないといけないことも多いし、
他にやりたいこともある。

今年はまだ冷え込みが深くなくていい。
現実は寒すぎるけど。

私が、突進するようなむきだしの元気ならよかったのだろうか?
病気の後、ずっと家にいても蟹の片方のハサミ程まで落ちたけど、
私の想いや願いはそんなんだけじゃないから、
わからないからそうできなかったのか。
多分、何も考えず、そのまま行っておけばよかったのだろう。
そうすれば今頃、素に戻れてたかもしれないかな。
スポンサーサイト
06 : 38 : 04 | 未分類 | コメント(0) | page top↑
<<リハビリのたまもの | ホーム | どうしても>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |