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「弁内侍日記」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 18 ( Fri )
弁内侍日記(鎌倉時代の日記)の中には、カシワがでてきます。

<カシワ>
少将内侍、「左衛門督の筝の音、なほすぐれて聞ゆる」由申して
・柏木の 葉守といへる 神も聞け その筝の音に 心ひかずは
「五節のまねの出し歌はなほまさりてこそ」とて、弁内侍、
・筝の音に 心はひかず 柏木の 葉に吹く風の 声ぞ身にしむ


少将内侍は、「左衛門督の筝の音色がやはりすばらしく聞こえましたよ」と申して、
・柏木の葉守の神様も、なぜだと詰問してくださいな。
あの左衛門督の筝の音に心をよせない人がいたら。
「いやそれより、右衛門督の五節のまねの出し歌の方が、もっとすてきだわ」
と言って、弁内侍、
・筝の音には心をひきつけられないわ。
柏木の葉に吹く風のような右衛門督の声の方が、身にしみますもの
というような意味です。

衛門の異称の柏木にかけて歌を詠んでいます。

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「春の深山路」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 15 ( Tue )
春の深山路(鎌倉時代の紀行文)の中には、シイがでてきます。

<シイ>
大蔵卿の局よりとて、硯の蓋に椎を入れて遣せたるを見れば、葉に歌あり。
・折々は 哀れとも見よ つれづれの 強いて忘るる 程はなくとも
返し、あらぬ枝の葉に、
・折々は 哀れとも見む 椎柴の 葉がへぬ色の 長き形見に
東のつとに嬉しくも と書きて、女官にとらせぬ。


大蔵卿の局からといって、硯の蓋に椎の枝を入れてよこしたのを見ると、
椎の枝の葉に歌が書いてあり
・折々は心にかけて見てください、無聊のために(この折って贈るのこ椎のように)
強いて忘れようとするはないとしても
返しは、別の枝の葉に、
・折々は心にかけて見てましょう。椎柴の葉が色変わりしないように
心変わりしないあなたの長い形見として。
関東へのみやげにうれしいことです。 と書いて女官に持たせてやった。
というような意味です。

枝を折るのと折々 強いると椎がかけられています。
椎の葉はカシワの葉に比べるとかなり小さいですが、
その椎の葉にも歌を書くことがあったんですね。


野路といふ所にてぞ、椎柴折り敷きて、乾飯など人々取りまかなふ。

野路という所で、椎柴を折って敷き、乾飯などを出して人々が食事の世話をする。
とういうような意味で、道中の食事の様子を書いています。

万葉集の中のよく知られた歌、
・家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る(有間皇子)
のようですね。

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「十訓抄」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 14 ( Mon )
十訓抄(鎌倉時代の説話集)には、カシワがでてきます。

<カシワ>
・みな人は 花の衣に なりにけり 苔の袂よ 乾きだにせよ
とよみて、柏の葉に書きて、あやしき童して、さしおかしたり
 

(良峯宗貞は仁明天皇が亡くなって、すぐ出家し行方もしられず修行して回っていた。
喪が明けて、禊のために殿上人が河原にきたところに・・・、)
・すべての人ははなやかな服装になってしまった。
この苔の袂よ(涙に濡れることなく)乾くことだけでもしてほしい。
と詠んで、柏の葉にかいてそまつな身なりの童にもたせて置かせたのだった。
というような意味です。
大和物語に書かれているものと同じエピソードについて書かれたものです。

地名の、「柞の森」(ははそのもり)もでてきます。
「柞の森」については、更科日記の記事などを参照してください。

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「平家物語」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 11 ( Fri )
平家物語の中には、カシワ、シイ、ナラがでてきます。

<カシワ>
連銭葦毛の馬に、柏木に耳づくうッたる黄覆輪の鞍をつけて

柏の木にミミズクがとまっている文様を金銀などで作って打ち付けた鞍をつけて
というような意味で、足利忠綱の姿をえがいた中の一部です。


<シイ>
源頼政の鵺(ヌエ)退治のお話の前に、
老齢になって和歌で出世したエピソードが紹介されています。
その中の歌にシイがでてきます。

・人知れず 大内山の やまもりは 木かくれてのみ 月をみるかな

・のぼるべき たよりなき身は 木のもとに しゐを拾いて 世をわたるかな


・大内山の山守がいつも木の陰に隠れて、人知れず月をみるように
大内の守護で、昇殿を許されない(月は帝のこと)自分にかけたこの歌のために、
昇殿がゆるされ、正四位下になってしばらくいましたが、
・木の上にのぼるべき便宜のない我が身は、
 やもをえず木の下に落ちている椎の実を拾って世をすごしていることだ。
という椎と四位をかけた歌で、源頼政は三位になりました。
この歌は他の本によく引用されていてよく見かけるような気がします。

<ナラ>
庭に散りしく楢の葉をふみならしてきこえければ、・・・省略・・・
・岩根ふみ たれかはとはん ならの葉の そよぐはしかの わたるなりけり


庭に散り積もった楢の葉を踏みならしてくる音が聞こえたので
(見させると牡鹿が通るのであったと知って読んだ歌)
辺鄙な山間の岩を踏んで誰が訪ねて来よう、楢の葉が音をたてたのは、鹿が通るのだった。
というような意味です。

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「徒然草」の中のどんぐりの木
2009 / 09 / 09 ( Wed )
徒然草には、シイとカシがでてきます。

<シイ><カシ>
椎柴・白樫などの濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、
身にしみて、心あらん友もがなと、都恋しう覚ゆれ。


椎や白樫などの濡れたような葉の上にきらきら光っている月の光こそ、
身にしみいるようで、情緒の解る友がいて欲しいものだと、都が恋しく思われる。
というような意味です。状況が目に浮かぶような趣がある文章ですね。

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