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宮沢賢治とどんぐり
2012 / 04 / 28 ( Sat )
宮沢賢治の作品の中にはどんぐりやどんぐりの木が多くの作品で登場します。
登場するどんぐりの木の種類は、賢治の生活圏の東北に多い、カシワと楢(ナラ)がほとんどを占めています。


賢治の作品の作品名や登場する固有名にどんぐりやどんぐりの木が含まれているものが多いです。

<作品名>
どんぐりと山猫、かしはばやしの夜、楢ノ木大学士の野宿
竹と楢、水楢松にまじらふは、樺と楢との林のなかに(竹と楢、以下は詩の題名)

<作品中の人物名、地名、擬人化>
・どんぐり(「どんぐりと山猫」で擬人化)
・かしはの木(「かしはばやしの夜」で擬人化)
・楢ノ木大学士(「楢ノ木大学士の野宿」の主人公)
・楢夫(「さるのこしかけ」の主人公)
・楢夫(「種山ヶ原」の主人公)
・かしはの木(「気のいい火山弾」で擬人化)
・楢夫(「ひかりの素足」の主人公の弟)
・楢鼻(ならはな)(「ひかりの素足」にでてくる地名)
・楢渡(ならわたり)(「谷」にでてくる地名)
・楢岡(ならをか)(「革トランク」にでてくる町名 )
・楢岡工学校(「革トランク」にでてくる学校名 )
・楢樹霊一、楢樹霊二、柏樹霊(劇「種山ヶ原の夜」で擬人化)


賢治の作品には、どんぐり食も複数の作品で書かれています。

<どんぐり食>
作品の中では、貧しい者や飢饉のときなどの食べ物としてのどんぐりも書かれています。

月のほのほをかたむけて」という詩には、
搗けるはまことに喰(は)みも得ぬ、 渋きこならの実なりけり。

タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」では
タネリが家に帰ったとき、母親がこならの実を搗いている様子が書かれています。

グスコーブドリの伝記」では、
飢饉のときの食料のひとつとして、こならの実が書かれています。

なめとこ山の熊」では、猟師の言葉に、
「・・・おれなどは何か栗かしだのみでも食ってゐて・・・」
 楢の実の方言、しだみ(しだのみ)が話し言葉で書かれています。



どんぐりの木の特徴の表現
どんぐりの木の特徴である枯葉が落ちずについたままになり、風で葉音をたてる。
という特徴が賢治の作品の中にも多く表現されています。
(個別に挙げるのはここではやめておきます。)

<カシワの枯葉がついたままの様子>
作品の中に多く登場します。
枯葉がついたままというのは、賢治の中ではとても身近なことのようです。
(次の葉の音も、カシワの枯れ葉のものが多く含まれています。)
枯葉の色については、赤いという表現を何回かしています。

<カシワの葉の音>
カサカサ、かさかさ、がさがさ、さらさら、ざらざら、さんさん、ざわざわ
などいろいろな擬音で表現しており、回数もかなり多いです。
(作品の先駆系での表現も含めています)


その他

<やまのたばこの木>
「一本木野」という詩の中に、

(おい かしは てめいのあだなを やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)

という表現がみられます。
カシワの木を”やまのたばこの木”という呼び方は他には見聞きしたことがないです。
カシワの葉自体を吸ったということは聞いたことがないですので、
葉が大きいので、山中でタバコの葉を手巻きする紙がないときの代用でしょうか?


<カシワ、ナラ以外のどんぐりの木>
冒頭に書いた通りカシワナラ(ミズナラ、コナラ)以外のどんぐりの木はほとんど登場しません。

その他のどんぐりの木はクヌギとカシで、
クヌギは、「十力の金剛石」
カシは、「学者アラムハラドの見た着物」
にそれぞれ一度だけでてくるだけで、シイはでてきません。

参考資料:宮沢賢治全集1~10 ちくま文庫 1986~1995


<おまけ>
何度かここで紹介しているどんぐりの木の枯葉がついたまま、というのと同じく、
どんぐりの木の葉の音もいろいろな作品に登場する表現のひとつです。

代表的などんぐりの木の葉の音に関することを挙げると、
・古代ギリシャのドドナ(ゼウスの神託所)では、
 オークの木(どんぐりの木)の 葉ずれの音で神託が告げられたといわれています。
・日本のナラ(楢)の語源のひとつの説:
 他の木が落葉した後も葉が枝に残って風に(鳴)ナルところから
などがあります。

他には、山頭火などが楢の木の葉の音について作品の中で書いていたと思います。
(機会があれば紹介します)

枯葉を付けたままのカシワの木の様子
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先々週末のカシワの木の様子、すこし前の爆弾低気圧の強風にも耐えて多くが残っています。
風で枯葉がかさかさ、がさがさ鳴っていました。
先週末もほぼ同じ状態でした、今年は葉を落とすのが遅いようです。

ご近所の他のカシワの木は、ほとんどもう枯葉を落としています。
落ちているカシワの葉を見つけたら、その近くの木をチェックしてみましょう。
いままで気づいていなかったカシワの木を発見することもできるかも?
(私は近所でカシワの木を新たに1本発見しました♪)

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23 : 23 : 13 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
伊藤若冲のどんぐり2
2012 / 03 / 17 ( Sat )
以前ここで、伊藤若冲菜蟲譜(さいちゅうふ)に描いたどんぐりを紹介しましたが、

若冲の他の作品にも、どんぐりの描かれたものがあります。
著色花鳥版画・櫟に鸚哥図(ちゃくしょくかちょうはんが・くぬぎに いんこず)です。
切手のデザインにもなっています。
下が著色花鳥版画・櫟に鸚哥図(ちゃくしょくかちょうはんが・くぬぎに いんこず)

クヌギの枝にオウムがとまっている図です。
若冲といえば、細密な描写のものがよく知られていますが、
このクヌギのどんぐりはどうでしょう?、
版画のせいもあるかと思いますが、おせじにも緻密とはいえないような気がします。

この木は、クヌギなのでしょうか?
クヌギにしては、葉の幅が広いような感じがします。
枯葉(色のコントラストを生かすため紅葉を暗い色で描いた?)のついた枝に、
どんぐりがたくさんついていることにも少し違和感を感じます。
クヌギの木は、枯葉になる前にほとんどのどんぐりをすでに落としていると思います。
どんぐりのつきかた(向き)も一様で違和感を感じます。
(バランスを考えたのか?)

以前の記事にも書きましたが、
若冲は櫟(クヌギ)やそのどんぐりの実物を見て描いたのでしょうか?
何かの書物を見て描いた(彫った)のでは?などいろいろ考えられます。
機械があればもう少し調べてみようと思います。


<おまけ>
突然、デジカメが届きました。
応募したのもすっかり忘れていた懸賞の賞品です。
donguri120317
古いパソコンと古いデジカメ(常用機も予備機も)が相次いで壊れて、
パソコンは先月、デジカメは今月になって新しいものを購入して使い始めたばかりです。

こちらの方は予備にしようと思います。
そういえば、壊れたデジカメ2台のうちの1台も懸賞で当たったものでした。
妙な歴史が繰り返しています。
このデジカメは3D静止画が撮れるみたいなので、
どんぐりの3D画像でも載せてみようかな?
(パソコンが未対応なので自分では確認できないのですが)

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21 : 47 : 56 | どんぐり雑記 | コメント(2) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり3
2012 / 02 / 27 ( Mon )
蘆花の作品から、どんぐりやどんぐりの木に関連する表現を
すこし抜粋してみました。
(「」内は作品名、その後に抜粋した部分)

・どんぐりの擬人化
「みみずのたはこと(水車問答)」
 昨日の記事参照してください。

・どんぐり(樫、楢の実)食、椎の実食
「寄生木」
・・・常食は穀類が少なくて、栗或は楢橡(ならとち)の實が多い。

「思出の記」
或日二三の友達と山に椎拾いに行つて・・・
「自然と人生」
裏の小山に椎拾の遊をなしけるに、・・・
「死の蔭に」
椎の實炙って売っている姿を見かけ・・・
「みみずのたはこと」
…女児が其下で大きな椎の実を一つ見つけた。(2011.7.31の記事参照)
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蘆花の作品では、東北の貧しい山村での常食としての楢の実、
おやつとしての椎の実が何回かでてきます。
蘆花の子供時代の熊本の家には椎の木が植えられていたそうですし、
山に椎拾いに行ったこともあったのでしょう。

椎の実食は、結構多く日本の作家の作品の中に見ることができますが、
どんぐり(樫、楢の実)食は、宮沢賢治の作品以外にはあまり多くは見られません。
(でも他の作家の作品にも、長野県のどんぐり味噌に触れているものや、
戦後食糧難の時、どんぐりを集めさせられたことに触れている興味深いものもありますよ。)

・どんぐりグッズ
「死の蔭に」
白橿の葉の枝折(しおり)、  *奈良の橿原神宮のみやげ
「日本から日本へ」
店番の紐育(ニューヨーク)娘が色ついた槲の葉を花束に取りつけて居る。
----------
奈良の橿原神宮のおみやげに、白樫の葉のしおりはまだあるのでしょうか?
素朴でよいおみやげだと思うのですが。もうなくなっているかな?

・有名などんぐりの木
「順禮紀行」
余はヘブロンの「アブラハムの橡(かし)」なるものを行きて見ず、
----------
「アブラハムの樫の木」は、旧約聖書創世記に登場した樫の木とされている木で、
去年、出版された旅行ガイドの本(イスラエル聖書と歴史ガイド
にも掲載されていますので、今もおそらく健在でしょう。
実際は、樹齢850年位で、12世紀頃に定められたそうです。
(・・・見ず、ですから蘆花はこの木を見にいってはいないです。)

・例え言葉:眼(目)、鼻
「黒い目茶色い目」
團栗の様な眼を圓くしてよく喫驚した顔する宗さんと、・・・
「死の蔭に」
椎の實の眼を小さく圓くして・・・
「冨士」
昔椎の實程に小さく窪くあいて居た両目はひたとつぶれ、・・・
「みみずのたはこと」
椎の実程の小さな鼻が右へ歪みなりにくっついて居る。・・・
----------
驚いたまるい眼をどんぐりの様というのは、
今でもよく使われる、団栗眼(どんぐりまなこ)と同様の表現ですね。

椎の実を目、鼻に例えるのは、他の作家ではほとんど見たことがありません。
イメージはなんとなくわいてきます。
このような表現をからも蘆花の椎好きがわかるような気がします。
以前、ここで以前紹介した水上勉さんなど、椎好きな作家はわりと多いです。

・例え言葉:槲の木がなかなか枯葉を落とさない
「新春」
ツールゲネフが書いて居ますね、*1
槲の新芽が膨らむまで梢にこびりついて中々落ちない古葉の習性を。
注意深い自然は、古葉に自愛させて、新しい芽を保護させます。・・・
・・・「ドリヤ一つ俺もと樫の更衣(ころもがへ)」。
落葉木は去年の内にさつさと着物を脱いで、夙(とほ)の昔赤裸で居ます。
然(しか)し樫などは、年が暮れ年が明けても其まゝで、
最早気早の落葉木の一斉に若緑の春衣を着てしまふ頃になり、
よく云えば落ちついた、悪く云へば大のろの樫は、
やつとぽつりぽつり古葉を落としては。更衣を始めます。
----------
蘆花は、ツルゲーネフの作品の中の表現に触れ、
槲のなかなか落ちない古葉を父に、新しい葉を自分に例え、
父の愛について記述しています。
また、常緑樹の樫の葉の古葉と新葉の入れ替えの様子も観察して書いています。

*1:ツルゲーネフの「ルージン」の中の表現と思います。
(文中に作品名は書かれていませんが)
現在の岩波文庫、当時の二葉亭四迷の訳、
志賀直哉のメモにもこの部分に触れたところがあったので紹介します。
------------------------------------------------
ツルゲーネフ「ルージン」岩波文庫 中村融訳

樫の木はね、これは堅い木ですね、
そして若葉が出はじめるとはじめて古い葉が落ちるでしょう?

ええ、気がついておりますわ とナターリアがゆっくり答えた。

強い心の中にある古い愛情の場合もこれとまさに同じなのです。
その愛はもはや枯れ死んでしまっているのですが、まだくっついています。
そして別の、新しい愛だけがそれを取り除くことが出来るのです。
-------------------------------------------------
二葉亭四迷「うき草」(ツルゲーネフ 「ルージン」の訳)

「樫の -樫は堅い木ですな- 
樫の葉は若いのが芽を出す時分でなければ古いのが落ちませんな。」

「然うですねえ、」とナターリヤは思切り悪くいふ。

「しつかりした人の戀愛も然うしたもので、古い戀は最う枯れがれになつてゐる、
けれども尚ほ付着(くつつい)てゐる。
たゞ別に新しい戀が芽を出すのでなければ散らん。」
--------------------------------------------------
志賀直哉のメモ(志賀直哉全集におさめられている手帳の中のもの)

ルヂンに、樫の木の例へがある、樫の葉は、既に枯れても中々落ちずに居る、
然し若芽が出る時になればいやでも応でも散つて了ふ、
人の恋も前の恋人に対し恋其者はサメても、
新しい恋人が出来るまでは枯葉が枯れても枝を離れずに居るやうに、
男の心にクッツイてゐるものなり、云々、
---------------------------------------------------
(ここで樫と訳されているのは、
実際には日本でいえば楢や槲で、ヨーロッパナラかそれに近い種の落葉樹です。)

ツルゲーネフは、男?の恋愛上の心を枯れても落ちない葉に例えているようですね。

この、どんぐりの木の枯葉がなかなか落ちないというのは、
冬の、幹や枝だけの寂しい木々の中で、枯葉をまとっている姿は目立つのためか、
他の日本の文学作品(いくつかここでも紹介済みです)や外国のものでも表現に用いられたり、
情景が描写されることがあります。
(外国の作品では、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」などにもあったと思います。)

このまだ寒い時期、公園などで枯葉をつけたままの木をみかけたら、
近づいて樹種を調べると、どんぐりの木のことが多いですよ♪

私も近所でまだ枯葉をつけたままのカシワやクヌギの木を何本か知っています。
去年観察していた木では、冬の間の強風にも耐えてしっかりとついていた枯葉が、
温かい春の日差しを受けはじめると、
ある日、突然それまでがウソかのようにいっせいに散っていきました。
イソップ寓話「北風と太陽」での旅人が、太陽で温められてコートを脱ぐようでした。

どんぐりやどんぐりの木を用いた表現については、HPやここでも以前書いていますが、
他にもいろいろありますのでそのうち、機会があればまとめてみたいと思っています。

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23 : 59 : 59 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり2
2012 / 02 / 26 ( Sun )
徳冨蘆花は、全集や日記を読んでみたところ、
*どんぐり度が、非常に高い作家ということがわかりました。
私の作品を読んだことのある日本の作家の中では、
今のところ、日本では宮沢賢治と並ぶどんぐり度2トップといってもいいかもしれません。

どんぐり度(あくまで私の私的基準です)
・作品の中にどんぐりやどんぐり木がでてくる頻度の高さ、記述の幅広さ、深さ等々

徳冨蘆花の作品の中で、私のおすすめは「自然と人生」と「みみずのたはごと
そして、明治時代の大ベストセラーとして「不如帰(ほととぎす)
この3作品は岩波文庫になっています。
他に読みやすい作品は、「思出の記」などでしょうか。
(「思出の記」など他の作品は、蘆花全集か、種々の日本文学全集などでしか読めません)


徳冨蘆花について何回か書くことにします。
今日は、随筆集「みみずのたはごと」のなかから、
他のものとはすこし違って寓話風?に書かれている「水車問答」を紹介します。

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水車問答

田川の流れをひいて、小さな水車(すいしゃ)が廻って居る。
水車のほとりに、樫(かし)の木が一本立って居る。
白日(まひる)も夢見る村の一人の遊び人が、
ある日樫の木の下の草地に腰を下して、
水車の軋々(ぎいぎい)と廻るを見つゝ聞きつゝ、
例の睡るともなくさ寤(さ)むるともなく、此様な様な問答を聞いた。

軋(ぎい)と一声長く曳張(ひつぱ)るかと思えば、
水車が樫の木を呼びかけたのであった。

「おい樫君、樫君。君は年が年中其処(そこ)につくねんと立って居るが、
全体何をするのだい?
斯忙しい世の中にさ、本当に気が知れないぜ。
吾輩を見玉え。吾輩は君、君も見て居ようが、そりゃァ忙しいんだぜ。
吾輩は君、地球と同じに日夜(にちや)動いて居るんだぜ。
よしかね。
吾輩は十五秒(びょう)で一回転する。ソレ一時間に二百四十回転。
一昼夜に五千七百六十回転、
一年には勿驚約(おどろくなかれやく)二百十万○三千八百四十回転をやるんだ。
なんと、眼が廻るだろう。
君は吾輩が唯道楽に回転して居ると思うか。
戯談じゃない、全く骨が折れるぜ。
吾輩は決して無意味の活動をするんじゃない。
吾輩は人間の為に穀(こく)も搗(つ)くのだ。
粉(こな)も挽(ひ)く。
吾輩は昨年中に、エヽと、搗いた米がざっと五百何十石、餅米が百何十石、
大麦が二千何百石、小麦が何百石、
粟が・・・・・・稗(ひえ)が・・・・・・黍(きび)が・・・・・・
挽いた蕎麦粉(そばこ)が・・・・・・饂飩粉(うどんこ)が・・・・・・まだ大分あるが、
まあざっと一年の仕事が斯様(こん)なもんだ。
如何だね、自賛じゃないが、働きも此位やればまず一人前はたっぷりだね。
それにお隣に澄まして御出(おいで)での御前(ごぜん)は如何(どう)だ。
如何に無能か性分か知らぬが、君の不活動も驚くじゃないか。
朝から晩までさ、年が年中其処(そこ)にぬうと立ちぽかァんと立って居て、
而して一体お前は何をするんだい?
吾輩は決してその自ら誇るじゃないが、
君の為に此顔を赧(あこ)うせざるを得ないね。
おい、如何(どう)だ。
樫君(かしくん)。言分(いいぶん)があるなら、聞こうじゃないか」

云い終って、口角沫(こうかくまつ)を飛ばす様に、
水車は水沫(しぶき)を飛ばして、響も高々と軋々(ぎーいぎーい)と一廻り廻った。
其処に沈黙の五六秒がつゞいた。
かさかさかさかさ頭上に細い葉ずれの音がするかと思うと、
其れは樫君が口を開いたのであった。

「然(そう)つけつけ云わるゝと、俺(わし)は穴(あな)へでも入りたいが、
まあ聞いてくれ。
そりゃ此処に斯うして毎日君の活動を見て居ると、羨(うらや)ましくもなるし、
黙(だま)って立って居る俺は実以て済まぬと恥かしくもなるが、
此れが性分だ、造り主の仕置だから詮方(しかた)は無い。
それに君は俺が唯遊んで昼寝(ひるね)して暮らす様に云うたが、
俺にも万更仕事が無いでもない。
聞いてくれ。
俺の頭(あたま)の上には青空がある。
俺の頭は、日々夜々(にちにちやや)に此青空の方へ伸びて行く。
俺の足の下には大地(だいち)がある。
俺の爪先は、日々夜々に地心へと向うて入って行く。
俺の周囲(ぐるり)には空気と空間とがある。
俺は此周囲に向うて日々夜々に広がって行く。
俺の仕事は此だ。此が俺の仕事だ。成長が仕事なのだ。
俺の葉陰で夏の日に水車小屋の人達が涼(すず)んだり昼寝をしたり、
俺の根が君を動かす水の流れの岸をば崩れぬ様に固めたり、
俺のドングリを小供が嬉々と拾うたり、
其様な事は偶然の機縁で、仕事と云う俺の仕事ではない。
俺は今一人だが、俺の友達も其処此処(そこここ)に居る。
其一人は数年前に伐(き)られて、
今は荷車(にぐるま)になって甲州街道を東京の下肥のせて歩いて居る。
他の友達は、下駄(げた)の歯(は)になって、
泥濘(どろ)の路石ころ路を歩いて居る。
他の一人は鉋(かんな)の台になって、大工の手脂(てあぶら)に光って居る。
他の友達は薪(まき)になって、とうに灰になった。
ドブ板になったのもある。
また木目が馬鹿に綺麗だと云って、
茶室(ちゃしつ)の床柱(とこばしら)なンかになったのもある。
根こぎにされて、都の邸(やしき)の眼かくしにされたのもある。
お百姓衆の鍬(くわ)や鎌(かま)の柄(え)になったり、
空気タイヤの人力車の楫棒(かじぼう)になったり、
さまざまの目に遭うてさまざまの事をして居る。
失礼ながら君の心棒も、俺の先代が身のなる果だと君は知らないか。
俺は自分の運命を知らぬ。何れ如何(どう)にかなることであろう。
唯其時が来るまでは、俺は黙って成長するばかりだ。
君は折角眼ざましく活動し玉え。
俺は黙って成長する」

云い終って、一寸唾(つば)を吐(は)いたと思うと、
其(それ)はドングリが一つ鼻先(はなさき)に落ちたのであった。
夢見男は吾に復えった。
而(そう)して唯いつもの通り廻る水車と、
小春日に影も動かず眠った様な樫の木とを見た。
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蘆花が敬愛するトルストイも「イワンのばか」など民話を書いていますので
その影響でしょうか?

樫の木が擬人化されていますが、この時期にすでに日本で読まれていた外国の本では、
メーテルリンクの「青い鳥」に、樫の木が森の王として擬人化されてでてきます。
日本ではすこし後に、宮沢賢治が「かしわばやしの夜」の他、
いくつかの作品のなかでカシワの木を擬人化させています。

<おまけ>
日記を読むと、蘆花は、毎年秋に一度は多摩川の川遊び(お座敷で川魚を食べたり)をして、
多摩川の対岸の稲城で梨を買って食べるのを楽しみにしていたようです。

多摩川もだいぶきれいになってアユなどの川魚も戻ってきているようですが、
いつか昔のようなお座敷での川遊びができるようになるのでしょうか?

梨のほうは、今でも稲城市の住宅街の中に小さい農園がたくさん残っています。
稲城の梨は、スーパー等では販売していなく、
各農園の横などにある小さな直売所でしか購入できないようです。
梨以外にはブドウが多く、果物狩りをやらせてくれるところもあります。

JA東京みなみのサイト(ココ)の右下にある「稲城の梨」のリンク先で、
たくさんある小さな小屋のような直売所の場所を調べることができます。
(私も買って食べたことがありますがおいしいですよ♪)
梨の品種もいくつかあり、毎年おなじみの直売所で購入している人も多いようです。

稲城では特産の梨を使った梨ワインや梨のスイーツなども地元の店で作られています♪
都心からも近く温泉もありますので、
今年の秋の一日、予定を立てて、日帰り稲城梨ツアーなどいかがですか♪
読売ランドも一応あります。

去年の冬、稲城市の新しいキャラクター作られました。
「タイムボカンシリーズ」「ガンダム」などのメカデザインを担当した
稲城市在住の大河原邦男さんのデザインです。
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稲城なしのすけ(いなぎなしのすけ)、稲城の梨にちなんで梨型ロボ?です♪
写真の像は、JR南武線の矢野口駅前ロータリーで見ることができます。

稲城市は開発が進んで、いまだに成長している感じがしますが、
あんまり開発が進みすぎると良さが失われるかも?
人口が減少していく将来に向けての開発に、そろそろ切り替える時期かも?

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12 : 04 : 57 | どんぐり雑記 | コメント(0) | page top↑
徳冨蘆花とどんぐり1 蘆花恒春園
2012 / 02 / 25 ( Sat )
自転車に乗って、蘆花恒春園までお出かけしたのは一昨年の冬(12月)です。

甲州街道(国道20号)から南に折れ、
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蘆花の名前のついた京王電鉄京王線の芦花(ろか)公園駅
の前を自転車で通りました。
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しばらく行くと途中左手にに世田谷文学館(HP)もあります。(マップ
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そこの喫茶店の名前がなんと!どんぐりで、かわいいキャラ付き看板がでていました。

蘆花公園西の3又の交差点(お地蔵さんがあります)のすこし手前で左に折れしばらく行くと、
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右手に、蘆花恒春園の入り口があります。
(都立公園蘆花恒春園は蘆花の旧家、庭、墓所以外は、
ドッグランやフィールドアスレチックなどもあり、いろいろと遊べる公園みたいです。)
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中に入り砂利道を進むと、
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左手に、蘆花記念館があり、蘆花の遺品等が展示されています。

蘆花記念館のすこし手前?道を挟んで反対側に植生が記された看板があるので
植物好きな人は要チェックです!!
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(右図部分の拡大)「みみずのたはごと」記載種の場所も表示しています。
どんぐりの木では、クヌギ、シラカシ、スダジイ、マテバシイが記載されています。
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蘆花の死後に夫人が暮らした、「愛子夫人居宅」
その玄関の両脇には大きなクヌギの木が生えています。
すこし進むと、
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前の記事で紹介したマテバシイの木、
根元にどんぐりが数個落ちていました。
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梅花書屋
古いガラスなのでしょう、波うっていて趣がありました。
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母屋
母屋の前には数本の大きなシラカシの木があり、
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頭の上のどんぐりを落としてきました。
蘆花の植えた目隠し用の樫が成長したのでしょう。
日記には間引いた木で木刀をつくったと書いてあったような。
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お地蔵様と秋月書院
母屋、梅花書屋、秋月書院は母屋から入って廊下から見学することもできます。
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秋月書院の裏手には、スダジイの木がありました。
これが毎年椎の実を拾って食べていた木かな?
こちらは立ち入り禁止のところにあるため椎の実は拾えませんでした。
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すこし離れたところに墓所があり、案内板もでています。
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墓所はクヌギ主体の林の中にあります。
放浪の俳人として知られる「山頭火」の昭和11年4月9日の日記に、
・同道して徳富健次郎の墓に詣でる。 櫟林のところどころに辛夷の白い花ざかり。
(徳富健次郎は蘆花の本名)
とありますので、春にはそのコブシの花も見られるかもしれませんよ。
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クヌギは大きなものが多いです。
ほんとに狭い範囲ですが、
昔の世田谷の雰囲気?が少しだけ残されているような気がします。
(昔は、逆に若い木が家の周りには多かったと思いますが・・・)

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